キスアンドバイト





柔らかな、熱を持った耳朶が左の頬骨のあたりに擦れる。
漏れる小さな声。首の後ろで吐く体温の高い息。わざとらしい水音。
俺を取り込んで動く肉を想像して、それが今俺の首に手を回す袖の下で収斂してるのを思って、こめかみの斜め上あたりがみしみし軋んでぼうっとなる。
瞼の裏がちかちかしだした。
「う」
呻いて、締め付けられるままに吐き出す。
びくり、びくりと。痙攣しているのは俺なのかこいつのほうなのか。

新八は喉を晒してぶるりと震えた。



力の抜けた体重を受け止める。新八は俺の肩に顎を載せ息を整えている。
顔を逸らし合っているから、お互いの息が重なる事はない。
あれ、考えてみたら俺達ってキスしたことないんじゃねえの。
したことねぇな、と云ったら新八は埋めていた顔をこちらに向け、驚いたように瞬きをした。
それから、そうですね、とあんまり感慨もなく頷いた。

「大体、キスってニガテなんですよ僕」
「ニガテ?」
ここって人格じゃないですか。人格。頭のてっぺんから顎までを指さしてそう云う。
「キスって人格に侵入したり侵入されたりってことでしょう」
なんかキモチワルイ。眉を寄せて歯を見せる。キモチワルイ。そう来るか。
「こっちも侵入したりされたりしてんじゃん」
まだしまっていない萎えたそれを指さすと、新八は首を竦めて見せた。
「下半身はいいんですよ、人格ないですもん」
オレはへぇ、と生返事をして口元を掻いた。
新八は時々こういう小難しい事を言い出す。
ポリシーとかそういうのを自分のなかで言葉で整理を付けてるタイプだ。
俺みたいに全部なんとなくの行動体系じゃなくて、それなりに筋道を作ろうとしてる。
きっとまだこいつのセカイはモノとモノとの境界線がぼやけていなくて、
善と悪だとか汚いと綺麗だとかそういう言葉が鮮やかでいて、
意味とイメージが完全に一体化しているんだろう。
(でもそれだって今のうちだと思う。
オトナになってセカイがどんどん煩雑になったらいつか片づけられなくなる時が来るだろう。
そうしたら俺はほれみろと笑ってやろうと思っている。
それともそうなってもこいつは上手い事やるのだろうか)


それでもぼうっと新八の口元を目で追っていたら、顔の前で手をひらひらやられた。

「何、ファーストキスもまだなんですかもしかして」
「そんなわけねぇだろ!バカにしないでくださいチキショー」
いくらなんでもキスくらいオレだってしたことある。
酔った弾みとかでした。絶対した。結構した。よく憶えてないけど。
拗ねたように口を窄めたらくすくす笑われた。あ、今の傷付いたぞ。傷付いちゃったぞ銀さんは。

「したいんですか」
「別に」
俯いて視線をぷいと逸らす。
こいつなりの論理があるなら別にいい。なんだかよくわかんないけど。
まあつまるところはどうでもいいんだ。
そもそも俺達はキッスとかドキドキとかそーいうキッチュなとことは無縁な関係なんだから。


「銀さん」
呼ばれてぎくりと顔を上げたら、もうそこまで鼻先が迫ってきていた。
反射的に目を瞑る。
柔らかく温い感触が唇の表面を塞いで、それから舌で歯列を叩かれる。
かくかくとぎこちなく顎を開くと、肉がぬるりと入り込んできた。
口の中を何度も掻き回して頬の肉を吸い上げて、きちきちと厭らしい音を立てる。
混ざる息が熱くて湿って滾るようだ。流れ込んでくる唾液を必死で呑み込む。
鼻で息をするのに苦労する。ばくばく云う鼓動が恨めしい。

散々蹂躙して唇は離れた。なんだか色んなモノを奪われた気になった。
すぐには呼吸ができず軽く噎せる。
「…、んだよ」
どーいうつもりだとか色々文句を言ってやりたかったがそんな余裕も与えず、

人格をめちゃめちゃにしたいと思う相手もいるんですよ。
そう動いて唇は笑った。


俺は口元を歪めて、顎をぐいと上げた。
ねえ新八くん。責任取ってくださいよ。
「勃っちゃった」
新八は顔を顰めていつもの呆れたような目をして、
ばか、と鼻で笑ってから噛みつくみたいなキスを寄越した。





モドル